『イン・ザ・レイン』というお話を書きました

Note の方に『イン・ザ・レイン』というお話を書きました。

原稿

↑原稿。古い人間なので、一度アナログで書かないと物語を書ききれないのです。

このお話は、今をさかのぼること13年前、2011年の夏に書いたものです。

当時、私は福岡県の新飯塚駅の近くに住んでいました。 親戚の結婚式が行われるということで、久留米駅まで行く必要がありました。 まともな頭をしていれば、博多経由で鹿児島本線に乗って行くのですが、 当時の私は何を思ったか、田川後藤寺線と日田彦山線を通り、 山を突っ切って行くルートを選びました。

新飯塚駅にある3番ホームから謎の単行列車が出ているのは知っていました。 が、どこにいくのかも、どういった人が乗っているのかも、道中がどんな感じなのかも全く知りませんでした。 乗る用事がないので。 この列車に乗っても目的地へ行けると知った時、乗るなら今しかないと思いました。 まあ、路線図の時点でヤバそうだったので、話のネタに出来そうという気持ちもありました。

当日はあいにくの雨だったのですが、彦山線にのって山の中をディーゼル列車で走った時、車窓の綺麗さに感動ました。 作中にある「命が生まれる場所って感じがするな」は当時の自分が思った事です。 そこまで、単線列車でずっと来ていた経緯も含め、なんだか泣きそうになり、 いまこの気持ちを書き留めて、将来の自分が追体験出来ればと思い、思った事を色々とiPodのメモ帳に記録しました。

…というのが、綺麗な側面。 実はこの物語の誕生した背景はもう一つあります。 それは、あまりにも列車に乗っている時間が長いことです。

最初に、まともな頭をしていれば博多経由で行くと書いたのですが、 その一番の理由として、所要時間が倍以上違います。 正確な時間は覚えてないですが、2時間以上は鈍行列車に乗り続けることになります。 作中でも書きましたが、まじで景色が変わりません。 どんな綺麗な景色も、30分も見たら飽きてきます。

車窓の風景

↑ 車窓。大体こんな感じの風景がずっと続く。

最初は浄化されていた心も、 次第に負のエネルギーの方が増してきて、 「ダイヤ組んだやつ、ワンマン電車での乗り降りの時間を考えてないだろ」とか 「大木を切るのとマルフク以外の看板はないのかよ」とか、 心の中のぼやきの割合が増えてきました。 そして、iPodのメモにも、そういったぼやきが増えていきました。 それが作中における望のセリフたちです。

わたしのことをよく知らない人は、 無口な自分の横に、都合のいいぺちゃくちゃ喋る女の子を横に置いて、 架空の楽しいデートを描いたと考えたでしょうが、実は逆です。 作中の望が、2011年に後藤寺線・彦山線に乗っていたわたしです。 わたしと何処か出掛けたことのある人は、 実際にあのペースで目に付いたもの全部に文句をつけ続ける私を 見たことがあると思います。

普段、フィクションのセリフを考えるのはとても苦手なんですが、 望に関しては、書いていると勝手に場面にある色んなものを見つけて、 元々想定してないことを話し始めるので、それを止めるのに苦労しました。 元々は6,000文字くらいを想定していたのですが、 望がやたらしゃべるってしまうので、結局10,000文字を超えました。 その上、本当は入れたかった天道川駅で乗ってくる女の人のエピソードや、 (妙に目立つ感じで乗ってくるのに、その後出てこないのを不信に思った人もいると思います) 雨上駅で切符を買う時のエピソードなど、いくつかの話をカットしました。 最初に考えていた展開よりも、手が勝手に書いてしまう望の皮肉の方が面白いんですよね。

座席 エンジン

↑すごーい、エンジンにエンジンって書いてある! これもメモにはあったのですが、カット

そして、頭の中でそういったことをずっと思案しながら思った 「いま、横になんでも肯定してくれる優しい友人が居ればなぁ」 という気持ちを具現化させたのが、主人公である遼です。

元々、この話のコンセプトは「非現実の追体験」だったのですが、 書き終えてみると、アイロニーに満ちた話になってしまいました。 あと、「退屈な景色も二人で居ると楽しく過ごせるでしょ?」という 友人・恋人賛歌のようにも読めますね。

残念ながら、彦山線は2017年の豪雨災害で廃線になってしまいました。 新飯塚駅から夜明にディーゼル車で行くことはもう出来ません。 彦山線の思い出はもうこのお話の中にしか存在しません。

駅からの風景

↑去年、近くを通りかかったので撮影した風景。あの頃と何も変わってませんでした。